MENU

同志社国際高校の引率教員の乗船状況は?先発隊と後発隊をわかりやすく

同志社国際高校の辺野古コース事故をめぐって、引率教員が実際にどう配置されていたのかが気になっている人もいると思います。

報道では「先発隊」「後発隊」という言葉が出てきますが、それだけだと船の動きが少し見えにくいままでした。

教員はどの船に乗る予定だったのか。

先発隊と後発隊は、どう分かれていたのか。

いま出ている情報をつなぐと、当日の形が少しずつ見えてきます。

目次

同志社国際高校の引率教員の乗船状況は?

事故当日、引率教員2人は船に乗っていませんでした。

ここは、いまの報道で共通して見えている部分です。

事故当日は2人とも船上にいなかった

辺野古コースを選んだのは生徒37人で、引率教員は2人、添乗員は1人でした

生徒は先発隊と後発隊に分かれて船に乗る予定で、教員もそれぞれ1人ずつ付く形だったと報じられています。

そのうえで、事故に遭った先発隊の担当教員は、当日に乗り物酔いと体調不良で乗船を見送ったと学校側が説明しました。

もう1人の教員は後発隊側にいて、結果として事故の時点では2人とも船上にはいなかったことになります。

会見時の説明と、その後に出てきた説明

3月17日の会見では、学校側は、陸に残る生徒の指導のために教員が乗船しなかったと説明していました。

この説明だけを見ると教員2人とも最初から陸に残る予定だったようにも受け取れます。

その後の保護者説明会を受けた報道では、先発隊の担当教員は本来は同船予定だったものの体調不良で見送ったという説明が出ています。

事故当日の教員配置は、説明会を経て少し具体的に見えてきた形です。

先発隊と後発隊はどう分かれていたのか

ここは、とくに誤解されやすいところでした。

「先発隊」「後発隊」と聞くと、1隻ずつを思い浮かべた人もいたかもしれません。

ただ、実際の報道はもう少し違う形を示しています。

先発隊は1隻ではなく2隻だった

事故に遭ったのは、先発隊の生徒18人です。

この18人は、「不屈」と「平和丸」の2隻に分かれて出航したと報じられています。

つまり、先発隊そのものが1隻だったわけではありませんでした。

先に出る1隻と、あとから出る1隻という単純な形ではなかった。

ここは、ニュースをざっと見ただけだと少し伝わりにくかった部分かもしれません。

教員配置は船ごとではなく隊ごとだった

報道で見えているのは、教員が1隻に1人ずつ付く形ではなく先発隊に1人、後発隊に1人という配置です。

先発隊は2隻に分かれていたものの、教員はその2隻にそれぞれ乗る想定ではなかったことになります。

そのため、先発隊の担当教員が乗船を見送った時点で、先に出た2隻には教員が乗っていない状態になっていました。

この構図が分かると、報道の見え方も少し変わってきます。

後発隊の船の詳細はまだはっきりしていない

一方で、後発隊がどの船に乗る予定だったのかは、現時点の報道では細かく出ていません。

確認できるのは、先発隊18人が2隻に分かれて出航したことと教員配置が隊ごとだったというところまでです。

  • 後発隊が同じ2隻の戻りを待っていたのか
  • 別の船を使う予定だったのか

そこまでは、まだ報じられていません。

連絡はどうなっていたのか

この点も、見ていて引っかかるところでした。

教員が乗船を見送ったこと自体だけでなく、そのことがどう共有されていたのかにも疑問が向いています。

後発隊の教員も把握していなかったとされる

報道では、先発隊の担当教員が体調不良で乗船を見送ったことを、後発隊の教員ですら知らなかったとされています。

後発隊の教員は「前半の引率教員が船着き場に行っていたので、船が出航するまで乗るものだと思っていた」と話していました。

この説明を見ると、少なくとも出航前の時点で、教員同士の共有が十分ではなかったことはうかがえます。

保護者や外から見ている人が、何らかの連絡や確認ができなかったのかと感じたのも自然な流れだったように思えます。

どこまで分かっていて、どこがまだ不明なのか

ここで線を引いておきたいのは、連絡がなぜうまくいかなかったのかまでは、まだ報道では見えていないことです。

  • 連絡手段が何だったのか
  • その場で誰がどう判断したのか

そこまでは、今の段階でははっきりしていません。

過去にも教員が乗船していないケースはあった?

この点も、事故後に新しく注目されるようになりました。

教員不乗船が今回だけだったのかどうかは、保護者にとっても気になるところだったはずです。

学校側は「過去にもあった」と説明したと報じられている

3月25日の報道では、学校が保護者説明会で、過去の修学旅行でも教師が乗船せずに出航したケースがあったと明らかにしたと伝えられています。

同じ説明会では、学校側が「安全配慮義務を十分に果たさなかった」と認めたことも報じられました。

同じ教員かどうかまでは出ていない

ただ、その「過去のケース」がいつの話なのか。

何回あったのか。

今回と同じ教員を指しているのか。

そこまでは、現時点の報道では出ていません。

事故全体の中で見えていること

この事故では、生徒18人が乗った2隻の小型船が転覆し、女子生徒1人と船長1人が死亡しました。

保護者説明会は長時間に及び、学校側の説明や判断に厳しい視線が向いています。

船を運航していた団体は海上運送法に基づく事業登録をしていなかったことも報じられていて、

学校の引率体制だけでなく乗船判断や安全確認そのものが問われている状況です。

まとめ

  • 事故当日、引率教員2人は船に乗っていなかった
  • 先発隊の担当教員は、本来は同船予定だったものの、体調不良で乗船を見送ったと説明されている
  • 事故に遭った先発隊18人は、「不屈」と「平和丸」の2隻に分かれて出航していた
  • 教員配置は船ごとではなく、先発隊と後発隊にそれぞれ1人ずつという形だった
  • 先発隊の教員が乗船を見送ったことを、後発隊の教員も把握していなかったとされる点は、やはり気になるところとして残る
  • 学校側は、過去にも教員が乗船せずに出航したケースがあったと説明したと報じられているが、その詳細まではまだ出ていない

先発隊と後発隊という言葉だけだと、もっと単純な構図を思い浮かべてしまいそうです。

ただ、先発隊が2隻に分かれていたことまで入れると引率教員の配置も少し違って見えてきます。

そのうえで、連絡や確認がどう行われていたのかに引っかかる人がいたのも不思議ではなかったように感じます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次